スタートアップバブル・第四次ベンチャーブーム

第四次ベンチャーブーム到来?

2018年、第四次ベンチャーブーム?バブル?

2013年からベンチャー投資額は右肩上がりに増加。近年は企業業績の回復と投資家心理の改善により、ベンチャー市場に更なる大きな資金が流入。今年2018年は過去最高を記録しています。

とりわけベンチャー企業の中でも、急成長している、もしくは今後大きな成長が見込まれる技術やイノベーティブな取り組みをしている企業は「スタートアップ」と呼ばれ、未上場で時価総額1000億を超えるスターアップをユニコーンと呼び、そしてユニコーンの10倍の価値を付けるデカコーンという概念まで登場しました。

伴って、新規IPOやベンチャー企業のバイアウト件数も大幅に増加。「△△会社が〇〇億円の資金調達に成功」「VCとエンジェル投資家から数億の資金調達!」など景気の良いニュースが毎日のように伝えられているよう、スタートアップを取り巻く環境はすこぶる好調です。

これは政府の後押しに加え、VC(ベンチャーキャピタル)・VI(ベンチャーインキュベーション)・CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)・SVC(スタートアップベンチャーキャピタル)・エンジェル投資家などの民間支援者が増加し、ベンチャービジネスを育成するエコシステムが急速に構築されつつある証拠でもあります。そして、この第四次ベンチャーブームの波に乗り遅れまいと多くの起業家が続々とスタートアップに挑戦しています。

過去のベンチャーブームから学ぶ

第四次ベンチャーブーム?・・ということは、当然過去に第一次~第三次がありました。そこで今回は「賢者は歴史に学ぶ」という名言に従い、過去の第一次~第三次ベンチャーブームに誕生した企業と著名起業家について調査。ベンチャーの歴史を年代別にまとめてみました。

それぞれの時代に誕生した会社が今現在どうなっているか?

これらを先人事例として位置付け深堀していくことで第四次ベンチャーブームでスタートした企業における「今後の歩み方」について様々なヒントが隠されているかもしれません。

そもそもベンチャーとは?

ベンチャー業界にいる人達には愚問ですが、そうでない人のために、まずはベンチャーの定義をおさらいしておきます。Wikipediaではベンチャーの定義を以下のように解説しています。

ベンチャーとは、企業として新規の事業へ取り組むことをいう。このような事業をベンチャービジネス(英:Venture Business)という。事業は新規に起業したベンチャー企業によって行われるものを指すことが多いが、既存の企業が新たに事業に取り組む場合も含む。
ベンチャー起業家は時代の変革期に誕生する傾向があるのですが、その第一期であり、ベンチャー黎明期(誕生期)とも言えるのは明治維新後。日本が近代国家として歩み始めた時代です。尚、ベンチャーという言葉が日本で使われ始めたのは1970年以降ですが、ここでは同じ意味合いの起業・創業事例を一括りにしてベンチャーと呼ばせて頂きます。

ベンチャー黎明期(前期)

ベンチャー黎明期(前期)は、明治維新を経て日本が近代国家としての道を歩み始めた政経変革時代。

この時代には、日本を代表する起業家(実業家)である渋沢栄一氏や三菱グループの創始者である岩崎弥太郎氏、NEC創設者の岩垂邦彦氏など、近代における日本経済の基盤を作った超有名&大物起業家がいます。

中でも渋沢栄一は、1873年に設立された日本で最初の株式会社である第一国立銀行(現:みずほ銀行)の頭取就任に始まり、金融・鉄道・エネルギー・サービス・メーカーなど500社以上の様々な業種業態の会社を設立した人物です。

現在も残っている代表的な大手企業を挙げると、エネルギーインフラ→東京ガス(当時は東京瓦斯)。金融→東京海上火災保険・東京証券取引所。メーカー→キリンビール・サッポロビール・大日本製糖・明治製糖、東洋紡績、王子製紙・日本製紙、太平洋セメント。鉄道インフラ→東京急行電鉄、秩父鉄道、京阪電気鉄道。建設→清水建設。その他サービス→東京商工会議所、澁澤倉庫、帝国ホテルなどがあります。

近代日本の経済界を作った人物であることから「日本資本主義の父」と呼ばれる元祖中の元祖の起業家です。

ベンチャー黎明期(後期)

ベンチャー黎明期(後期)は、年号で言うと大正から明治時代初期。時代背景は、第一次世界大戦を経て、第二次世界大戦の敗戦、そして戦後の焼け野原から復興を遂げていく時期です。

今では日本を代表する世界的有名企業や起業家がこの時代に続々と誕生。そしてこの頃から、いわゆる財閥資本ではなく、独立資本系ベンチャーが増え始めます。

戦前では、東芝の前身となる田中製造所を創業した「田中久重」。Panasonic(旧:松下電器産業)を創業した経営の神様「松下幸之助」。日本企業で時価総額一位のトヨタ自動車を創業した「豊田佐吉」。タイヤ世界シェア一位のブリヂストン創業者「石橋正二郎」。農業機器大手の日本首位クボタ創業者「久保田権四郎」など。

そして戦後には、家庭用血圧計の世界シェア50%を誇るオムロン創業者の立石一真。家庭用ゲーム機大手任天堂の「山内溥」。ソニー創業者の「盛田昭夫」・「井深大」。ホンダ創業者「本田宗一郎」。日用品の最大手である花王の「長瀬富郎」。調味料分野で世界に名をはせる味の素の「鈴木三郎助」。カップヌードルで有名な日清食品創業者の「安藤百福」。日本広告業界でダントツのシェアを誇る広告代理店大手の電通創業者「光永星郎」。村田製作所創業者の「村田昭」など。

これらの企業・起業家は高度経済成長期を牽引すると共に、日系ブランドを世界に知らしめる大きなきっかけとなった日本発・世界水準のベンチャー企業と起業家達です。

ベンチャー成長期(ブーム)

ベンチャー成長期(ブーム)の大きな潮流は合計4回で現在は第四次ブームにあたります。それまでにもベンチャーや起業家という概念はあったのですが、この頃から「ブーム」という言葉が使われるようになりました。

これは、開業率の増加というマクロ指標だけでなく、ベンチャービジネスや起業家に対する世間の認知度・注目度が向上した要素を追加。特に、第二次ブーム以降、マスコミがベンチャー企業や起業家をスターのような切り口で報道する風潮に因んでブームという表現が使われるようになったと言われています。

時代により開拓市場やビジネスモデルは科学技術や社会ニーズにより異なるものの、ブーム勃興、終焉を繰り返しながらベンチャーという文化や起業家の遺伝子は時代を繋いでいきます。

第1次ベンチャーブーム(1960年代後半~1970年代前半)

第一次ベンチャーブームは1960年代後半から1970年代前半と言われています。この時代は、高度経済成長期の真っ只中。池田内閣による国民所得倍増計画や田中角栄による日本列島改造論の提唱等、経済成長のエンジンとなるような政策が数多く打ち出されました。

更に、東京オリンピックや大阪万博などの経済特需もあり、1968年には国民総生産(GNP)が世界第2位まで急成長。

経済規模の拡大に伴ってあらゆる市場が成長する中、雇われない生き方・キャリアの選択肢として、脱サラ(サラリーマンを辞める意味)起業や学生起業家という概念が登場。彼らのキャリアとしてもベンチャービジネスに大きな期待と注目が寄せられました。

第一次ベンチャーブームに生まれた企業と起業家の代表例としては、日本マクドナルド創業者でソフトバンクの孫正義氏が影響を受けた起業家として有名な「藤田田」。民間警備会社最大手のセコム創業者「飯田亮」。家具通販の最大手ニトリホールディングスの「似鳥昭雄」。ゲーム・アミューズメント大手コナミホールディングスの「上月景正」。介護大手のニチイ学館「寺田明彦」。高収益体制のハイテクベンチャー代表格であるキーエンスの「滝崎武光」。精密小型モーターの世界一のシェアを誇る日本電産「永守重信」。ファミレスの元祖”すかいらーく”を生んだ「横川竟」。チケット販売大手の”ぴあ”の「矢内廣」。紳士服大手の”コナカ”創業者「湖中久次」など。

ちなみに、学生起業家の先駆者でありメガベンチャーの代名詞とも言えるリクルート社は1960年に「江副浩正」が創業。更に、日本企業ではないので余談にはなりますが、ハイテクベンチャーの世界象徴とも言える「アップル社」はスティーブ・ジョブズが1976年に創業、ビル・ゲイツ率いるマイクロソフト社は1975年に設立されています。

日本の第一次ベンチャーブームは、ベンチャービジネスに対する世間の認知度がまだまだ低かったこともあり、起業家(人物)よりも会社の技術や新規性のあるビジネスモデルが注目される傾向にありましたが、注目すべきは、日本で初となるベンチャーキャピタルであるジャフコがこの時代(1973年)に誕生。これを機に金融機関や事業会社の子会社として派生したVCが続々立ち上がっています。現在は市民権を得たVCの黎明期はこの頃だと言えます。

第一次ベンチャーブームの終焉は、1973年に起こったオイルショックが引き金になります。不景気のあおりを受けて多くのベンチャーが消えていきましたが、実力のあるベンチャーは成長を持続。ベンチャー時代の継承者として教訓を第二次ブームに繋げていきます。

第2次ベンチャーブーム(1970年後半~1985年頃まで)

第二次ベンチャーブームは、1970年代後半から1985年頃までと言われています。この時代は第三次産業である流通・サービス業が急成長。それまで主となっていた第二次産業(製造業)中心の産業構造に変化が起こり始めていたタイミングです。

また、第一次ベンチャーブームに黎明期だったVCの増加(日本最大の独立系VC、日本アジア投資は1981年設立)と機能の進化、ベンチャーインキュベーションの登場、更に株式市場が上場基準を緩和したこと等もブーム再来の付加要因として挙げられます。

そして、第二次ベンチャーブーム最大の特徴は「カリスマ起業家の登場」そして「成功起業家による独自資本VI(ベンチャーインキュベーション)の登場」と言えます。

カリスマ起業家として当時大きな注目を浴びたのは、今や世界でも有数の企業となったソフトバンク創業者の「孫正義」、人材派遣の草分け的存在として知られるパソナの「南部靖之」、そして、格安航空券販売・ツアー旅行の火付け役となった旅行代理店大手のH.I.Sを創業した「澤田秀雄」。

これらの起業家は、学生起業という当時の常識では考えられない経歴で実績を上げていた若手起業家の代表として「ベンチャー三銃士」と呼ばれました。今でもこの三者は日本のベンチャー起業家としてリスペクトされており、ベンチャー界隈の人間だけでなく、一般的なビジネパーソンであれば誰でも知っている人物達です。

第二次ブームでは、VCの進化型として登場したVI(ベンチャーインキュベーション)もブームを後押しします。当時のVCと言えば、証券系、銀行系がほとんどでした。VCは資金面での援助はできますが、実業育成ノウハウが乏しく、且つ第三者からの資金調達をして投資活動を行うので長期的視野の投資が難しいというデメリットがありました。

一方、VIは成功起業家や会社が自己資金だけで直接投資を行うので相対的に長期的視野で取り組める点、オフィススペース、人材、ノウハウ、人脈活用等、起業に必要なあらゆるサポートが受けられる点、更に先人起業家がメンターとなることで、より実践的な実業育成が可能になる点etc、より現実な支援が可能になる機関。今で言うところのCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)やインキュベーションシステムの基礎となった存在です。

VIの概念は孫正義氏が米国から日本に持ち込んだと言われ、孫・南部・澤田氏のベンチャー三銃士が1980年初頭に創業した設立したJIC(Japan incuvation capital)が日本で最初のVIと言われています。JICのインキュベーションプログラムから多くの起業家が排出されており、代表例にはアルバイト求人サイトの大手「ディップ」の冨田英揮氏やインターネット広告代理店「アイレップ」高山雅行氏、そして、日本で最初の業種横断型コールセンター「プレステージ・インターナショナル」の玉上進一氏などがいます。

その他、第二次ベンチャーブームで誕生した代表的な企業としてはTSUTAYAブランドで日本のレンタルCD流通に大きな影響を与えたカルチュア・コンビニエンス・クラブ創業者の「増田宗昭」。ゲームの世界的ヒット作、ファイナルファンタジーを生み出したエニックス創業者の「福嶋康博」。同じく国民的ヒットゲームタイトル・ドラゴンクエストを生み出したスクエア創業者「宮本雅史」。総合ディスカウントストア大手のドン・キホーテ創業者「安田隆夫」。家電量販店大手ビックカメラ創業者の「新井隆二」。日本アニメの象徴的存在でもあるスタジオジブリの「宮崎駿」など。

第二次ベンチャーブームの終焉は、1985年のプラザ合意に端を発した円高不況。加工貿易に特色を持ち、高度経済成長期を牽引した日系メーカーやハイテク企業は円高不況により苦戦を強いられ景気が急減速。そのあおりを受けたベンチャー企業の倒産が相次ぎましたが、この時期に蓄積された知見は次の第三次に継承されていきます。

第3次ベンチャーブーム(1990年代中ごろ~2000年代前半)

1990年代の日本はバブルが崩壊し、いわゆる失われた20年と言われた平成不況に突入しますが、同時にIT産業の発展が著しく、PCの爆発的な普及と共に世界中の誰もがインターネットであらゆる情報にアクセスできるようになった時代でもあります。

この波に乗ろうとするITベンチャーを中心に第三次ベンチャーブームが到来、時期としては1990年中頃~2000年代前半と言われています。

そして、この時期のベンチャー支援環境としては、VC、VIの持続的成長に加えて、エンジェル投資家が大幅に増加。

このエンジェル投資家の出現は、ベンチャーの歴史としても大きなプラス要素となりました。日本ではまだまだ未成熟ですが、世界的にみるとエンジェル投資家は、VCやVIなどの機関投資家に引けを取らないレベルの投資規模を誇るようになり、ベンチャー支援のエコシステムにおいて必要不可欠な存在になっています。

尚、第三次ブームでは、IT関連業界を中心にリスクマネーが局地的に流入しバブルを生み出しました。日本におけるITバブルは、1999年~2000年の約一年間。この波に乗ろうと多くのベンチャーが立ち上がりましたが、バブル崩壊後も価値あるビジネスを展開し続けた会社だけが生き残り、現在のIT大手と言われる会社に成長していきました。

第三次ベンチャーブームに生まれた企業と起業家の代表例としては、1996年創業のヤフージャパン「孫正義」。1997年設立の楽天「三木谷浩史」。1998年設立のサイバーエージェント「藤田晋」。1991年設立のGMOインターネット「熊谷正寿」。1999年設立DeNA「南場智子」。1999年設立DMM.com「亀山敬司」。1999年設立のメッセンジャーアプリ大手LINE。飲食店検索サイト大手のぐるなび創業「滝久雄」。医療製薬業界のネット巨人で2017年世界で最も革新的な成長企業ランキングにおいて世界5位となったエムスリーの「谷村格」。アパレル業界のネット巨人・スタートトゥデイ創業者「前澤友作」。介護業界の人材サービスでダントツのシェアを持つエス・エム・エス創業者の「諸藤周平」。ソーシャルゲーム大手ガンホー「孫泰藏」やミクシィー「笠原健治」グリーの「田中良和」。など。

ちなみに巨大ハイテク・ネット銘柄群として株式市場の指標となっているFANGは、すべてこの第三次ブーム中に誕生している企業です。

  • 1994年:アマゾン(ジェフ・ベゾス創業)
  • 1997年・ネットフリックス(リード・ヘイスティングスとマーク・ランドルフの共同創業)
  • 1998年:アルファベット(旧グーグル/ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンの共同創業)
  • 2004年:フェイスブック(マークザッカーバーグ創業)

そして今は?第四次ベンチャーブーム?

2007年に日本でi-phoneが発売されて以来、スマートフォンやIoT新時代のデバイスが続々と登場。人々の生活が劇的に変化する中、あらゆる市場にスピーディーなイノベーションが求められる時代になりました。冒頭にも前述したように2018年はベンチャー投資に関するあらゆる指標が最高値を記録。今後もAIやロボティクス等、更に高度な技術に基づき様々なイノベーションが起きると予想されますので、ベンチャー・スタートアップにとっては千載一遇のチャンス到来と言えます。

ブーム時代からカルチャー時代へ移行

ベンチャーブームには火付け役となるスター企業や起業家が必ず誕生し、世間の注目を浴びることで連鎖的に新たな起業家を呼び込む「起業循環の輪」を生み出します。

ブーム自体は勃興と終息を繰り返しますが、そのたびに知見は蓄積資産となりベンチャー育成のエコシステムは着実に進化。そして、これらの資産は生き残ったベンチャーを中心に次世代に引き継がれてきました。

第三次ベンチャーブームの2000年以降、特にIT産業において成功ベンチャーや起業家を多く輩出した事で、世間のベンチャー認知度が大きく向上。まだまだ特別・特異な一部の人達で構成されている印象があり、必ずしも一般化しているわけでありませんが、ベンチャーはブームというより文化(カルチャー)として一定の市民権を得たと言えます。

この傾向は今後も続き、ベンチャーがブーム(流行り)ではなく文化(カルチャー)として根付いていくことが予想されます。ベンチャーを文化レベルにまで高められれば、流行りに惑わされず、どんな時代でも常にチャンスを捉え、常に行動する精鋭ベンチャー企業や起業家が増加。そして、それらが常に生み出される循環型社会ができれば、日本経済におけるベンチャーの存在意義も大きくなると思います。

そのためには、官民が協力しながら、ベンチャー・スタートアップを日本の末端までカルチャー(文化)として普及させていく努力が求められます。

個人的な意見にはなりますが、ずっとベンチャー畑でキャリアを積んできた筆者としては、ベンチャーブームより、ベンチャー文化の定着を願いたいところです。

文化が根付けば、「ベンチャー・スタートアップ起業」が転職と同じくらい身近で当たり前の選択肢になる日もそう遠い未来ではないのかもしれません。

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